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与論島クオリア
  最終更新日 2018-9-26 6:01:48
要旨 喜山荘一 《与論だけの“あの感じ”を言葉にする》《与論・奄美・沖縄(琉球弧)の“同じ”を発見する》
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言語 ja-JP
具志川島5B層の集骨
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要旨:  いまなら風葬と呼ぶ5B層の集骨。  これは苧麻トーテム段階で、あの世が発生した...

 いまなら風葬と呼ぶ5B層の集骨。

Photo

 これは苧麻トーテム段階で、あの世が発生した初期であることを示している。これらの骨も苧麻あるいは苧麻の化身態を表すはずだが、うまく視線をチューニングできなくて、まだ見えてこない。もしかしたら、長骨が茎を、下顎骨が葉を表現した苧麻植物そのものなのかもしれない。骨は壁際に乱雑に置かれていると報告されているが、そうなのではない。まず、個体別に置かれていないのは、この段階では、集団の「わたしたち」は一体だからである。

 乱雑に置かれているわけではないのを、よく示すポイントがある。

Focus_2

 ヤセイモとおぼしいとされている貝製品には、目を惹きつけられる。

Yaseimo

 これはハジチの右手首の五つ星、つまり、霊魂としての「蝶」とよく似ているのだ。

Haziti

 ここに貝製品に添わせるように置かれた骨の部位を参照させる。

Photo_2

 いちばん近いのは、女性右手の尺骨なのだ。ハジチで蝶が描かれるのは、右手尺骨頭部に他ならない。この骨製品は、女性の尺骨を意識してそばに置かれているのである。

 この骨と貝製品は、苧麻段階でハジチが発生したというぼくたちの考えを補強して余りある。

 貝製品のそばの他の骨をみれば、尺骨は女性骨で、橈骨は男性骨なのかもしれない。また、膝頭(チンシ)の骨も霊魂の部位とみなされたと思える。

古我地原貝塚の遺構
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要旨:  苧麻トーテム段階にある古我地原貝塚の遺構。 (『古我地原貝塚』)  目は粗いが...

 苧麻トーテム段階にある古我地原貝塚の遺構。

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(『古我地原貝塚』)

 目は粗いが、4つの場を想定しておく。

 黄:スデルわたしたち
 緑:この世にいるわたしたち
 赤:あの世に帰るわたしたち
 青:この世に現れるわたしたち

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 メタモルフォーゼの場は、西端にある第7号遺構だと考えられる。

 そして、この遺構の形態は、この貝塚でほとんどを占めるキバウミニナの口と触覚ではないだろうか。

 cf.「キバウミニナの口」(MAD CREEPER)

Photo_3

 また、「この世にいるわたしたち」を示すのは、遺構4〜7号を包むように検出されているピット群だと思える。この穴は、泥地に刺さるヒルギの根あるいは育ち始めた芽ではないだろうか。

 古我地原貝塚は、土器の大半が奄美系であることでも知られる。奄美から渡ったヒルギトーテムの島人が作った貝塚なのかもしれない。


喜界島崩リ遺跡の遺構2
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要旨:  崩リ遺跡には次の段階の遺構も残されている。それは、「竪穴状遺構」と同じ場所にあ...

 崩リ遺跡には次の段階の遺構も残されている。それは、「竪穴状遺構」と同じ場所にある。

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 「土坑」と呼ばれる遺構は、「竪穴状遺構」の近くに、小さめに展開されている。「竪穴状遺構」が干瀬だとすれば、これは干瀬にできる水溜まりのような窪みで、ヤトゥと呼ばれている場だと思える。

 生命があふれる場をはじめ干瀬に見出す。サンゴ礁の発達は、次に、干瀬の窪みを見出させることになった。潮が引けば、ここには残された魚や貝がいることになる。そこに生命の源泉を見たのだ。

 しかし、「土坑」ばかりではない。同時期には、もうひとつ「溝状遺構」と呼ばれるものも検出されている。

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 これは、バリ、クチなどと呼ばれる、干瀬の割れ目で、縁溝を指すと思える。クチは、寄り物の寄ってくる重要な場だ。クチをつたって生命はやってくる。ヤトゥと同時に、島人はそこに生命の源泉を見出した。

 サンゴ礁トーテムは、場そのものがトーテムとなっているが、それは「あの世」=「トーテム」を意味している。そして、この世は、あの世の写しであることが遺構に示されている。これは後段になれば、あの世はこの世そっくりと変形されて言われることになる。