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与論島クオリア
  最終更新日 2019-1-22 12:05:18
要旨 喜山荘一 《与論だけの“あの感じ”を言葉にする》《与論・奄美・沖縄(琉球弧)の“同じ”を発見する》
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言語 ja-JP
宮古島のシャコガイ段階
公開:
要旨:  長墓遺跡は島尻にある。マングローブを南に辿ったところだ。  この7層は、キシノ...

 長墓遺跡は島尻にある。マングローブを南に辿ったところだ。

 この7層は、キシノウエトカゲ段階にある。それは、約4200年前とされる年代値とも合っている。

 貝の構成は、5層までトカゲ段階と見なせる。トカゲ貝は、「脚」、「胴」、「口」、「卵」で構成されるが、下田原貝塚、トゥグル浜貝塚を参照すると、「胴」、「口」、「卵」の順で比重が移っていく。長墓遺跡の7〜5層は、5層で「口」の構成比が44%まで高まるが、それは4層には継続していない。

 3層からは苧麻段階と見なせるので、4層はそのあいだにある。ここで得られている年代値は約3300年前だが、これは宮古諸島では「空白期」と呼ばれている。だが、「空白期」を埋めるという以上に重要なのは、4層のトーテム段階だ。

 発掘トレンチの大きさは数メートル四方と小さく、得られている貝も豊富とは言えない。けれど4層はシャコガイ段階と見なせる。

 優占する貝は、多良間添道と同じくイソハマグリである。これが重視されているのは、この「左殻」と、リュウキュウマスオかシレナシジミの「左殻」を持つ8人の女性に対して、シャコガイの「破片」が当てられていることに表れる。しかも、イソハマグリ女性に対して当てられるシャコガイはシラナミだ。

 なかなか見つからないシャコガイ段階の痕跡がここにある。やっと見つけた。

 面白いのは、トカゲ、シャコガイ、苧麻の段階を通じて、ヒザラガイが重視されていることで、これは宮古的だと思える。それは、針突きの「握り飯」や「箸」にも引き継がれている。


 

貝読に明け暮れて
公開:
要旨:  年の瀬なのでメモしておこう。2016年の暮れ近くに、貝塚の貝がトーテムを指し示...

 年の瀬なのでメモしておこう。2016年の暮れ近くに、貝塚の貝がトーテムを指し示すのに気づいて、その読み取りが始まった。

 最初は、個々の貝の類似からトーテムを追っていた。それで判断のつく貝塚もあるが、読み取り切れない貝塚もある。とくにカニからヤドカリへの移行が掴み取りにくかった。どちらの段階にも見え、判断がつきにくい。

 やがて、貝塚には構造があるのに気づいた。それは、メタモルフォーゼを行う場、この世に現れる場、あの世に還る場、そして、この世にいる場の四つである。この四つの場は、「この世にいる場」を地にして、「メタモルフォーゼ」「あの世に還る」「この世に現れる」という三つの図として浮き上がるように構造化されている。

 貝塚がゴミ捨て場ではないのは言うまでもないとして、「あの世に送る」場というだけではなく、本質的には、あの世とつながりながらメタモルフォーゼを果たす場だった。

 貝塚を構造化して捉えられるようになって、正確な貝読が可能になった。ただし、それには条件がある。

 ひとつは、貝塚が構造的に捉えられていることだ。四つの場は、場所や置かれ方によって構造化されている。それを掴み取って、場ごとに貝がデータ化されていること。

 もうひとつは、「破片」までカウントされていることだ。

 ひとつ目だけでも、おおよそには把握できるが、貝塚を築いた人々の人数、その生死の異動を確かめるには、詳細がいる。

 もう少しいえば、土器や石器、動植物遺体などのその他の遺物が、図像とととに記録されていると完璧に近くなる。それは貝を補完するからだ。けれどそこまで具備した報告書はないと思う。貝塚が構造的に捉えられ、「破片」までカウントされている報告書もまだ少ない。

 貝のリストは1200を越え、貝読を試みた層は200を越えるだろうか。入力を経ないとカウントがままならないので膨大な作業になるが、それは数字ではなく人である。切実になる。まるでひきこもりのように没頭したので、不義理の数々もしてしまった。

 これで、神話、伝承、習俗から組み立てるしかなかったトーテム史が、編年を組めるところまで持っていける手応えを得られる。貝読はひと段落ついたわけではなくこれからも継続するが、来年にはトーテム編年の詳細をお披露目できるところまで歩んでいきたい。

 
 

嘉門貝塚Bの位相 3
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要旨:  データが不足しているが、嘉門貝塚Bのスデル場は、炉址のある最南部で検出された集...

 データが不足しているが、嘉門貝塚Bのスデル場は、炉址のある最南部で検出された集積だと思える。

Photo

 ここで、ゴホウラはカニの腹部、数が少しちがうアンボンクロザメは、左右で大きさの少しちがう鋏。そしてヒメジャコが胞衣を示すオウギガニだと考えられる。

 久米島の大原貝塚で、ゴホウラは鋏として思考されているが、ここでは腹部だ。ゴホウラはそれが可能な貝とみなされた。

Photo_2

 北の方で見つかった、これまた情報の少ない埋葬遺構も示唆的だ。報告書では、埋葬された女性の右肩部と左腰部にヒメジャコが配されたと報告されている。このヒメジャコが「胞衣」を示している。伏臥なのもカニの姿勢である。

 をなり集団を分けるシンボリックな貝は見つからないが、ゴホウラはヘビガイ付着が4個、ヘビガイとアバタ状が2個あるので、2:1の割合で分かれていた。それを引き継ぐのが、リュウキュウサルボウとメンガイと想定することはできる。