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与論島クオリア
  最終更新日 2019-5-2 11:52:10
要旨 喜山荘一 《与論だけの“あの感じ”を言葉にする》《与論・奄美・沖縄(琉球弧)の“同じ”を発見する》
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言語 ja-JP
糸芭蕉祖先の嘉徳遺跡 - 嘉徳海岸護岸工事計画に端を発して考えること
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要旨:  お馴染みのと言っていいくらいの護岸工事計画だが、これは「砂」の問題と言い換える...

 お馴染みのと言っていいくらいの護岸工事計画だが、これは「砂」の問題と言い換えることもできる。砂浜の砂が削り取られて海岸浸食が起き、生活圏へ影響が生じる。嘉徳の場合、海岸近くに墓地があるのが切実さを増している。

 海岸浸食は、台風によるものに間違いはないが、別の要因もあるという指摘はなされている。(「高波浪が侵食の引き金になったことは事実であるが,侵食には別の要因が関与していると考えなければならない」「奄美大島の嘉徳海岸の侵食とその対策に関する提案(宇多高明)」)。「海砂採取」もそのひとつという指摘もなされている(「奄美大島の“ジュラシック・パーク”が破壊の危機」)。

 現在、鹿児島県知事を相手に、「嘉徳浜弁護団」により、縮小されてはいても護岸工事は必要性を欠く上に、「生物環境・自然環境」に影響を与えるもので、「環境影響の少ない代替案」の具体的な検討・採用もないままの公金支出は差し止めるべきという内容の訴状が提出されるところまで来ている。(奄美のジュラシック・ビーチを守れ!住民訴訟に力を貸して下さい?」

 しかしいつものように島の人の声は聞こえてこない。2年前(2017年)の聞き取りはあるが、予定調和的なまとめで肉声というものとは遠い印象を受ける(「嘉徳地区住民からの海岸保全に関する聞き取りについて」(2017))。「第 1 回 嘉徳海岸侵食対策事業検討委員会(概要)」(2017)は、議事録風で生々しさはあるが、住民の声というわけではない。「嘉徳海岸護岸工事に関する住民監査請求(奄美新聞掲載。2019/02/01)」?で薗博明さんの声は聞けたが、この背後にも語られない島の人の声はある。

 鹿児島県 奄美大島 嘉徳海岸の自然文化的価値と保全の方向性(速報)では、「海岸の景観の保全は、嘉徳集落の精神性の保全」という指摘がされているが、ここでは「海岸」に限らず、そして「保全」というにとどまらず、嘉徳はすごい場所だいうことを書いておきたい。

 嘉徳の自然の野生力の豊かさは、この映像からでも察せられるが、嘉徳が素敵なのは、この野生のなかに建てられた嘉徳遺跡にある。

 嘉徳遺跡は、鼎さんが映像で紹介している。

 縄文相当期の貝塚時代、島人は動植物や自然物を祖先(トーテム)としていた。なかでも植物トーテムの段階は創造性に溢れるが、嘉徳遺跡は、植物のなかでもリュウキュウイトバショウ(琉球糸芭蕉)を祖先(トーテム)とした島人の聖域だ。それは土器や遺構に示されている。

 嘉徳遺跡からは、特異な土器が見つかっている。

(『嘉徳遺跡』1974年)

 この土器は、糸芭蕉の花である。糸芭蕉の花はこんな姿をしている。

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 花は垂れ下がることが多いので、これを逆向きにしてイメージしてほしい。土器の胴部は膨らんでいるが、これは上図では四方に広がる葉(苞)に当たる。葉の根元からもしゃもしゃと伸びているのは雄花だ。この先端は左右に細かく分かれているが、これが土器では口縁部の籠目文になっている。

 この土器が特異なのは、断面図で分かるように、口縁が二重化されていることだ。二重口縁という形態の土器は、琉球弧では他に類例がない(ぼくが気づいた範囲では)。この二重口縁の内側の口縁が、糸芭蕉で言えば、雄花の先に伸びている茎の先端(花茎)に当たる。土器から糸芭蕉が見えるだろうか。

 これが糸芭蕉であることは、土器の見つかった場所を見ると、より分かる。

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 土器はこんな風に浅く掘られた曲線の囲いのなかにあった。この囲いを見れば、これが、広々と茂る糸芭蕉の葉だということが分かる。

 糸芭蕉は、いまでもその樹皮から糸を採り、奄美から沖縄島北部で盛んなように、芭蕉布が織られることで知られる。そこから衣服をつくる植物は、もともとは、そこから人間が生まれると考えられた祖先(トーテム)だったのだ。

 こんどは土器の断面図を見ると、土器の上下に計四個、孔が空けられている。調査では、「特別な意味があったと思われるが、他に例を見ないので何とも言えない」、「先づ呪術的な使用を考えるのが事実に近いのではないだろうか」として当惑も伝わってくる。しかし、これが糸芭蕉土器と分かれば、ここに通したのは、糸芭蕉から得られる繊維だったと推測することができる。

 土器の形態では、沈線文、籠目文、点刻線文と呼ばれ、植物トーテム土器は多く知られているが、これはそのなかで糸芭蕉祖先(トーテム)を表現したものに当たる。糸芭蕉土器は、きっと他にもあるのだが(野国貝塚では、石器の並びで糸芭蕉が再現できる。cf.野国貝塚?層の芭蕉トーテム?」)、特異なのは、土器という形態を破ってまで、糸芭蕉の花そのものに肉迫しようとしていることだ。ここには、嘉徳人たちの並々ならない想いが込められている。

 貝塚や遺跡には構造があり、それは四つの場によって構成される。

 1.スデル(メタモルフォーゼ)場。何をトーテムとするのかを示すとともに、この世に現れるべき人数を予祝する。
 2.現れる場。この世に現れた人を示す(生誕と年齢階梯の上昇)。
 3.還る場。あの世に還った人を示す(死者数)。
 4.いる場。遺跡を建てた際に、この世にいた人数を示す。

 遺跡は全面発掘されているものの、南側は採砂されていて既に破壊されており、報告書も詳細に欠けるので、「糸芭蕉の葉と花」の遺構がどれに該当するのか判断しにくい。土器上面が焼けているので、「あの世に還る場」を示しているように見えるが、ふつうは貝や他の遺物によって、その人数が示されるが、ここにはそれがない。あるいは、集団のリーダーだった原ユタを示すのかもしれない。この囲い自体は深さ8.6cmと浅い。そして3層を掘り込んでいることを踏まえると、あるいはスデル(メタモルフォーゼ)場であったとも考えられる。

 判断できる材料に乏しいが、嘉徳遺跡は、糸芭蕉の葉と土器の遺構だけでも、植物トーテムのあり方を生き生きと伝える重要な遺跡なのだ。

 動植物や自然物を祖先(トーテム)とした人々は、貝塚や遺跡をトーテムの地に建てる。地勢や地形もトーテムの化身態と見なされるから、トーテムを感じさせる地に貝塚や遺跡を建てるのだ。嘉徳海岸付近の植生では、リュウキュウイトバショウは見られないが、内陸の方には生えているのではないだろうか。そしてトーテムの地ということについても察しがつく。

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1946年の空撮写真をもとにする。嘉徳では、小川が流れており、それが嘉徳川の下流で合流する。その合流の川上側に嘉徳遺跡は建てられている。その小川から、現在のシマ(集落)を包み込んだ砂浜(砂丘)全体の形態が、花茎に似ている。遺跡は、糸芭蕉の大地に川を隔てて建てられたのではないだろうか。そうなら、嘉徳の砂浜には、数千年前の島人も魅入ったのだ

 琉球弧では、神話、伝承、そして貝塚や遺跡から祖先(トーテム)の系譜を辿ることができる。嘉徳は、詳細のデータが不足しているのでハードルが高いが、貝塚、遺跡の貝や遺物からは、その集団の人数や思考のあり方に接近していくことができる。世界遺産を言うなら、琉球弧は、とうに忘れられた野生の思考をおぼろげにでも再現できることに価値はある。なかでも琉球糸芭蕉は、芭蕉布が織られるというだけでなく、尊ばれてきた植物だ。その糸芭蕉を祖先(トーテム)とした遺跡があるのだから、約4000年前の頃、嘉徳は重要な聖地だったのだ。嘉徳の糸芭蕉人のこころを立ち上がらせるように「嘉徳」を価値化できれば、島人の精神性を尊重しながら島人も生きていくことができる、そういう経済的な方途も立てられるのではないだろうか。

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『現代説経集』(姜信子)
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要旨:  言葉が身体に染み入るようだった。「八百比丘尼の話」はyoutubeで流しながら...

 言葉が身体に染み入るようだった。「八百比丘尼の話」はyoutubeで流しながら台詞を追ってみた。お気に入りのフレーズは声に出して読んでみた。

 このところ、論考めいた言説の文体からの剥離感が強い。さりとて新しい文体がやすやすと出てくるわけでもないのだから、さてどのように書いたものかと戸惑いある者には、この声、この語りが、身体に入ってくると気づかされる。だから、作品のことを書く代わりに、心に留まるいくつかを引用しておこう。

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「だから、私は、命をはぐくむ水だけを信じて、国家の内も外も境もなく脈々とのびてゆく命の流れをたどってゆく者です、この世をめぐる水の声に耳傾けて、水とともに流れて生きてゆく者です(後略)」

「(前略)歌は水のように変幻自在にこの世をめぐり、生きることの渇きを癒し、命をつないでゆく、それは私の祈りであり、私の旅である、歌を盗み、物語を盗み、記憶を盗み、この世の中心はただひとつとうそぶいて、水を澱ませる者たちへの、それは私の闘いである、と水のアナーキストは小声で呟いている(後略)」

「そもそも、基本的に、私のうちの九十九パーセントは死者たちの記憶や言葉や声でできあがっております、そして私のうちの私固有の領分は残りほんの一パーセントにすぎません、しかもこの一パーセントは空白、過去の無数の死者たちと未来の無数の生者たちとのつなぎ目となる空白です、かけがえのないものです、私は空白で、空っぽで、果てしない穴で、すべてを受け容れる水路で、同時に私はそこを流れる水で、それゆえにかけがえのない私は、私の中の死者たちの記憶を盗む者や死者たちの声を封じる者たちに、おのずとひそかに静かに抗するひとりの生者なのです、私は過去の無数の死者たちであり、未来のひとりの死者であり、未来の無数の生者なのです。」

「この世には旅をしなければわからぬことが無数にある。本当に大切なことは、旅の先に待っている、長い旅をして、ようやく出会って、つながったときに、そのつながりは未来へと延びてゆくだけでなく、かつてはつながりそこねた過去にものびてゆくものなのでしょう。」

「さて、「旅するカタリ」、と私はたったいま語りだしたばかりの物語を名づけているのですが、「カタリ」は「語り」でもあれば「騙り」でもある、私たちの生きる場所はいつでも嘘と真の間、善と悪の間、正と邪の間、記憶と忘却の間、あらゆる間を揺れ動くその揺らぎの中にあるものだから、何を語ろうともそれは騙りであろうし、その騙りのうちには実もあろうし、なので何事も黒だの白だの断じて畏れも恥も知らぬ輩とこの私をどうか一緒くたにしないでください、私が語るは、有象無象そんなこんなのすべてをのみこんだ「カタリ」。私自身が「カタリ」なのです、私は旅するカタリなのです。」

「物語とは旅する体が運ぶもの、道ゆく声が語るもの、という思いが私にはある。」

「すべての道に小さき神々。すべての道に人々のひそかな物語。物語は旅するカタリたちによって結ばれ、生きることより生まれいずる呪詛も祈りにかえて、祈りとともに増殖する。」

「あらためて。私は旅するカタリです。旅するカタリの声は無数の小さな中心をこの世に立ち上げる。語りとは声のアナーキズムなのだ。と、これは勢い余った私のひそやかな宣言。」

「旅するカタリはこう考える、植民地とは記憶を盗まれた者たちのいる場所、そんなところでは人間は生きているんだか生殺しなんだか・・・、そう、植民地とは、自身の記憶を自身の物語として自身の声で語る場を失くした者たちの場所、根も葉も芯もない宙ぶらりんの空虚な場所。」

「(前略)道をゆく、呼び合う声を結び合わせる、行く先々で人々が地声で自由に物語する治外法権の場を拓いてゆく、それが旅するカタリなのですよ(後略)」

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『現代説経教集』

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「トーテムとメタモルフォーゼ」第1回:その全体観とシャコガイから出現する貝人
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要旨:  これから「トーテムとメタモルフォーゼ」の話をしていこうと思う。トーテムは、祖先...

 これから「トーテムとメタモルフォーゼ」の話をしていこうと思う。トーテムは、祖先である動植物や自然物のこと。琉球語では「大主(ウフスー、ウフシュ、ウパルズ)」という言葉の語感にその面影が残っている。メタモルフォーゼは変態、変容だが、ここでは脱皮の意味も含ませる。これは、「若返る」という意味のスデル、シヂュンという言葉として残ってきた。

 「トーテムとメタモルフォーゼ」は、動植物や自然物を生命の源泉とし、その化身(メタモルフォーゼ)態として人や自然を捉えていた世界のことをテーマとしている。

 琉球弧では、トーテムの系譜を辿ることができる。

 [蛇・トカゲ・シャコガイ・植物・サンゴ礁・カニ・ヤドカリ]

 それぞれのトーテムには、そのときの生命観・宇宙観が宿されている。だからこの推移にもこころの必然史とも言うべき重要な変化が刻まれている。それは人の感じ方や考え方の元になっているから、忘れてしまっていても、いまのわたしたちも腑に落ちてくる。むしろ、ものの感じ方や捉え方のなかに、トーテム段階の思考は色濃く残っていると言ってもいい。蛇の終わり頃からヤドカリまでだけでも、1万年はかけているのだから、それは不思議なことではない。

 第1回は、先史時代を伝承や習俗、そして貝塚から読み取る「トーテム・メタモルフォーゼ仮説」の全体観をお伝えして、シャコガイの段階から入り、蛇やトカゲのことは、それ以降を辿ったあとに、触れることにしようと思っている。時代が古くなればなるほど情報量は少なくなるので、トーテムの仕舞いまで行ってからの方が、推理が働く面があるのだ。

 とは言うものの、シャコガイの段階も見つかっている貝塚は多くない。いくつかある理由のなかでも重要なのは、シャコガイをトーテムとした時間がどうも短いのだ。しかしそれはシャコガイが重要ではなかったことを全く意味しない。むしろ、シャコガイから次の植物トーテム以降になっても、シャコガイは起点であり軸として忘れられずに重視されている。

 なにしろ、シャコガイ段階になって初めてトーテムは性を持ち、終わりのヤドカリまで、トーテムの主は女性(あるいは女性性が強)かったのだ。シャコガイ・トーテムは女性の時代のはじまりを意味している。

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 トカゲの終わりは、人は死に気づいたことを意味している。世界中に「死の起源」の神話があるが、琉球弧ではそれはシャコガイ段階に当たることになる。死の発見という心の危機を、人はどのように乗り越えようとしたのか。貝塚を手がかりにしながら、貝塚人の思考のありようにできるだけ迫っていきたい。

 ※取り上げる主な貝塚・遺跡:宝島大池遺跡、屋我地島大堂原貝塚、徳之島面縄第3貝塚

【場所】大岡山タンディガタンディ(東京都大田区北千束1-52-6-2F./ 大岡山駅から徒歩2分)
【日時】第1回:5月25日(土)16:00〜
【参加費】1000円、懇親会:1000円

 第2回以降の情報は、下記にあります。

 「野生会議99」つながるゼミナール? トーテムとメタモルフォーゼ(サンゴ礁の夢の時間)喜山荘一

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