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与論島クオリア
  最終更新日 2017-9-25 6:04:25
要旨 喜山荘一 《与論だけの“あの感じ”を言葉にする》《与論・奄美・沖縄(琉球弧)の“同じ”を発見する》
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言語 ja-JP
定着期の居住立地と土器と島人の思考
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要旨:  いわゆる定着期にフォーカスしてみる。  琉球縄文期の島人の思考はここでダイナミ...

 いわゆる定着期にフォーカスしてみる。

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 琉球縄文期の島人の思考はここでダイナミックな動きを見せている。そうするしかないので、直観を含めて書いておく。

 前3期に隆盛する「隆帯文系」の土器はシャコ貝を表現している。「貝」の時代の始まり。前3期から前4期にかけて、遺跡が「台地上縁辺とその直下、および内陸寄りの砂丘」になるのは、サンゴ礁の貝に対して、陸の「貝」の位相に位置を採ったのだと考えられる。

 この段階で「蝶形骨器」が出現するが、これは「霊魂の発生」を物語る。同時に、「蝶形骨器」は「蝶」と「ジュゴン」の結びつきを示しているので、貝のほかに蝶とジュゴンもおそらくはトーテムの地位を占めていた。

 前4期は、「他界の発生」を意味している。ここでの、沈線文系、籠目文系、点刻線文系の土器群は、貝と蝶を表現していると考えられる。これは、琉球刺青が、貝と蝶をモチーフにしているのと同期している。「蝶形骨器」の出現とともに、刺青も出現の根拠を持つが、現在まで伝えられたデザインは前4期に発生、定着したものだと考えられる。

 前5期の「肥厚口縁系」の土器は、サンゴ礁を表現している。肥厚した口縁部は干瀬と海辺の岩場に当たる。これは、後期になってサンゴ礁としての貝の子という位相の前段階をなしている。

 崎山理によれば、この時期に北上したオーストロネシア語族が「ヨネ」という言葉をもたらしている。それは広く地母神の概念を伴っていた。

 これから、この素描の妥当性を確かめ、細部を詰めていく。


琉球弧、貝塚時代の編年 3
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要旨:  もうここまでくると、字も読めなくなってくるのだが、編年の時間軸の長さを考慮し、...

 もうここまでくると、字も読めなくなってくるのだが、編年の時間軸の長さを考慮し、遺跡立地の情報を入れてみる。

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「先史琉球社会の段階的展開とその要因」(伊藤慎二)
公開:
要旨:  伊藤慎二は、那覇沖の慶伊瀬島(チービシ)にある神山島で荻堂式土器の「複数個体に...

 伊藤慎二は、那覇沖の慶伊瀬島(チービシ)にある神山島で荻堂式土器の「複数個体に属する土器片が表面採集され」たことを書いている(「先史琉球社会の段階的展開とその要因」『先史・原史時代の琉球列島〜ヒトと景観〜』2011)。

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 伊藤は、神山島について、「現在でも生活が困難な無人のごく小さな離島にまで、考古学的に判別可能なほどの一定の生活痕跡が残されていることが重要である」と書いている。ただ、神山島はその名と立地からすれば、那覇付近の島人にとっても「あの世」だとみなされるから、ここにある土器は生活痕跡というよりは儀礼にかかわるものではないだろうか。